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書は国境を越えない

 突然ではありますが、私は”書かれたもの”というよりは、文字を書いている行為そのものに美を見出してしかるべきではないかと思っています。

 文字は、基本的に線の長さや点が正しい位置におさまってさえいればそれで事足りると思うのです。

 例えば「花壇の土」と書くべきところを「花壇の士」と書いては意味が通じませんし、「ペットの犬」と書くべきところを「ペットの大」や「ペットの太」では同じく意味が通じません。

 文字を書くという行為そのものを通じて、精神の充実を図ったり、和歌などを書き記すことで四季の移ろいや日本の情緒に心を寄せるということが、私の考える書の魅力です。

 正直申し上げて、そこには目新しいものは全くありません。むしろ「お決まり」とでも言っていいほどの純和風な考えだろうと思います。

 しかしながら、それぐらい純度の高い”日本”を日本人が意識出来て初めて私は書が国際性を獲得できると思うのです。

 私も少し外国での滞在経験があるので感覚的に分かりますが、海を越えると私は「日本人」なんだ、ということをイヤでも意識させられます。

 そのときに「じゃあ、私が日本人たらしめているその根拠はなんだろう?」と自問自答することが少なからずありました。

 カタカナを使えば、それはアイデンティティーということになるのかもしれませんが、難しい用語はさておき、私が日本人として胸を張れる一つの根拠となるものに、言葉や文字というものがあるのだと思います。

 仮に、目が青くて金髪で鼻が高い人でも、流暢な日本語を話す人がいたら、私たちは自然にその人を”仲間”として受入れるのではないでしょうか。

 私は、書道の最大の魅力は「国境を越えないところ」にあると思います。確かに、海外に情報が発信できることが出来ればそれは非常に喜ばしいことではあると思いますが、それよりもまずは日本人に向けて私は書の魅力を伝えたいと考えています。

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